吉田松陰先生(1830-1859)名辞

一、志の立つと立たざると

道の精なると精ならざると、業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ。

松村文祥を送る序 弘化三年(一八四六)

二、志を以て

夫れ重きを以て任と為す者、才を以て恃(たのみ)と為すに足らず。知を以て恃と為すに足らず。
必ずや志を以て気を率ゐ、黽(びん)勉事に従ひて而る後可なり。


松村文祥を送る序 弘化三年(一八四六)

三、学問の大禁忌

学問の大禁忌は作輟(てつ)なり。

講孟箚記(さっき) 安政二年(一八五五)七月

四、初一念

人は初一念が大切なるものにて、(中略)学問を為す者の初一念も種々あり。就中(なかんずく)誠心道を求むるは上なり。名利(みょうり)の為にするは下な
り。


講孟箚記(さっき) 安政二年(一八五五)七月

五、志 専らならずんば

志 専らならずんば、業 盛んなること能(あた)はず。

古助の江戸に遊学するを送る序 安政二年(一八五五)八月

六、貴き物

人々貴き物の己に存在するを認めんことを要す。

講孟箚記(さっき) 安政三年(一八五六)三月

七、天の才を生ずる多けれども

天の才を生ずる多けれども、才を成すこと難し。(中略)少年軽鋭、鬱蒼(うっそう)喜ぶべき者甚だ衆(おお)し。然れども艱難困苦を経るに従ひ、英気頽敗して一俗物となる者少なからず。唯だ真の志士は此の処に於て愈ゝ(いよいよ)激昂して、遂に才を成すなり。

講孟箚記(さっき) 安政三年(一八五六)四月

八、自ら淬(さい)れいして

自ら淬れいして、敢へて暇逸(かいつ)することなかれ。

<清狂に与ふ 安政二年(一八五五)四月

九、能(あた)はざるに非ざるなり

能はざるに非ざるなり、為さざるなり。

講孟箚記(さっき) 安政二年(一八五五)六月

十、 心 は

吾れ心は小ならんことを欲し、肝は大ならんことを欲すの語を愛す。

客の難ずるに答ふ 弘化三年(一八四六)春

十一、 己を正す

己を正すの学、勤めずんばあるべからず。

講義存稿三篇 嘉永二年(一八四九)五月

十二、 心は以て養ひて

天の人を生ずる、古今の殊(ことなり)なし。心は以て養ひて剛にすべく、気は以て習ひて勇にすべし。

佐伯驪八の美島に役するを送る序 嘉永二年(一八四九)十月

十三、 友なくんば

曰く、「独り学びて友なくんば、即ち孤陋(ころう)にして寡聞なり」と。

清水赤城に与ふる書 弘化四年(一八四七)二月

十四、 俗輩と同じかるべからず

自ら以て俗輩と同じからずと為すは非なり、当(まさ)に俗輩と同じかるべからずと為すは是なり。蓋し傲慢と奮激との分なり。

寡欲録 弘化四年(一八四七)